ビスポーク童貞卒業
著者:康本
ビスポークとは「注文の〜」という意味。
"be spoken"、"bespeake"あるいは"been spoken for"から派生したと言われており、顧客がテーラーと「話をしながら」注文を受けていくことからそう呼ばれるようになったと言われています。
要するに、
「ワイ、こんなん作りたいんやけどいけまっか〜?」
『いけるけどこんな雰囲気もええ感じでっせ。どないしまひょ?』
「ええなぁ!ほなここはそんな雰囲気で、ここはわての作りたいイメージでたのんますわ〜」
といった、顧客のリクエストに合わせて型紙を起こしたり、ディテールを変更出来る男の夢が詰まった贅沢の極みのようなフルオーダーなのです。
ある程度の修正・変更しか出来ないパターンオーダーと比べて自由度が高く、こだわりの強い人ほどその魅力に取り憑かれます。
特にナポリのサルト系がお好きな方にとっては憧れなんです。
日本にも数々の有名サルトがトランクショーに訪れていますが、ことビスポークとなるとしがない洋服屋の康本にとってはおいそれと簡単に手出し出来ない値段・・・
若かりし頃の向こう見ずな僕は、ringで展開してきたナポリ系の既製服、「Stile Latino」「Luca Grassia」「Alfonso Sirica」やgujiで展開している「Belvest」を好奇心から買い込んでおりましたが、それだけでも生活を切り詰めたストイックな日々を送っておりましたので、言うまでもなくビスポークはあくまで"憧れ"、「まだ早い」と何度も自分に言い聞かせていたのです。
展開ブランド以外だと「ORAZIO LUCIANO」も運良く安く手に入れたりと、一通りその価格帯の既製品を着た僕が唯一購入していなかったのが「DAL CUORE」。
ringではクラシックフィットというモデルをそのまま修正なく展開していたのですが、これが見事に体型に合わず、カッコいいなと気にはなりながらも購入には至らなかったのです。
ですが世界のウェルドレッサーは口を揃えて「DALCUOREは最高」と言う。
そして最高と口にする人たちは、同じDALCUOREというブランドでもそれぞれが全く違った形のビスポークスーツを着ているのです。
「そんなに良いなら試してみようよ」
好奇心という名の悪魔の囁きが・・・
リトルヤスモトとの会話を幾度なく繰り返し、翌朝目が覚めるとそこはDALCUOREのプライベートトランクショーでした。
「逝ってきます」
そう腹を括ったのは今から3年ほど前ですかね。
ルイジ・ダルクオーレ氏率いるダルクオーレファミリーの手厚い歓迎を受け、まずはヌード寸の採寸と生地、裏地、ボタン、そしてディテール決めが始まりました。
ビスポークするなら絶対この生地。と前々から決めていたのがロンドンマーチャントの雄として知られる「SMITH WOOLENS」のORIGINAL SOLAROです。
お客様の中にはイタリアらしい色気ある生地として周知されていることも多いソラーロですが、実はイギリスらしい質実剛健な「SMITH WOOLENS」こそがソラーロの生みの親。
フランネルならFOX BROTHERS、フレスコならHARDY MINNIS、ソラーロならSMITH WOOLENS、そのジャンルの最高峰を求めるのは男の性ってもんですよね。
(余談ですが、もう一つ検討していたDORMEUILのビンテージSPORTEX、値段を聞くと中型バイクの新車が買えるぐらいでしたので苦笑いでお茶を濁しました・・・)
生地は自分で決めていたので、それ以外のことは全てルイジ氏に任せる形でオーダーは進みます。
「ワイに一番似合う形で!!」
鼻息荒めな若僧に提案してくれたのは、まるで太陽のような裏地とベージュのソラーロにこれ以上なくマッチするボタン、袖ボタンも3つの重ねが良いとのことで、全て提案に乗ります。
"ジジ"ことルイジ氏は洋服のことに関しては当然しっかりと説明をしてくれますが、「陽気なイタリア人」という印象とは真逆で職人らしく寡黙で黙々と作業をする姿が印象的でした。
当然当たり前のようにメジャーリングしてくれただけですが、手慣れた所作はエレガントでカッコ良かったです。
生地がすんなり決まったおかげで30分程度でファーストフィッティングは終了。
そして半年が経ちセカンドフィッティング、仮縫いで確認と調整です。
ジャケットは構築的な肩周りに幅広のラペル、パンツはサイドアジャスターにしっかりと深い股上でほんのりテーパードしたゆとりあるシルエット、体型もそれほど変わってなかったためほぼほぼ修正はいらず、アーム位置や袖の長さだけ簡単に調整していよいよ後は完成を待つだけ・・・
完成までドキドキとワクワクが止まりません。
ある意味この仕上がりまでが一番楽しい時期だったりしますが、わかりますよね?
そして更に半年が経ち遂に完成品が手元に届きました!!
ひと目見て既製品にはないオーラを感じ、テンションは最高潮・・・
さぁ遂に袖を通すと・・・
袖短っ!!!!!
これは夢か?とソッと目を閉じ頬をつねる。
目を開ける。
やっぱり袖短っ!!!!!
見たら分かるこれ絶対仮縫いで修正リクエスト入れる前の長さのやつやん!(宮川大輔さん風)
絶望に打ちひしがれた僕はそのまま地べたに座り込みました・・・
ナポリに安心の二文字なし。
某ブランドでスミズーラした時も似たような経験が・・・
つくづくオーダーと縁がないなと落胆しつつも、どうにかならないかと相談したところ、快く袖の付け直しを承諾してくれ一安心。
再び手元に戻ってきた頃には、文句の付け所のないパーフェクトな仕上がりでした。
ナポリのハンドメイド物のオーダーって、くじ引きみたいな物で縫い方が綺麗なものもあれば粗いものもあるそうで、自分はたまたま綺麗な個体に当たったっぽいです(笑)
その不揃い感もまた魅力の一つなわけですが・・・
広めにとられた肩幅にジーロアペルトというDALCUORE特有の袖付、フロントダーツの抜けた二面体構造によって胸回りはボリューミーかつベントの収まりも非常に美しいです。
背中から首回りにかけての吸いつきも、今まで購入してきた既製品と比べて段違いなのが分かりますし、自分の体型を考えてアーム位置を少し落とすリクエストを入れたおかげで、既製品とは別次元の快適さを実現させました。
ルイジ氏の実弟が手掛けるトラウザーズも、ストンと落ちる抜群のシルエットと包まれるような穿き心地で単品パンツでもオーダーしたいと思わせるほどの出来栄えでした。
既製品に比べて思い入れが強いことは言うまでもなく、50年後、100年後に見てもカッコいいと思える洋服とはこういうことなんだと教えてもらった気がします。
今なら分かります「DALCUOREは最高」だと。
当時、清水の舞台から飛び降りる決断をして得た経験は、自分にとって大きな財産だったと今は素直に言えますね。
それ故に、ルイジ氏の訃報を聞いた時は本当にショックでした。
またいつかルイジ氏のセンスで仕立ててもらいたい。それも叶わない願いになってしまいましたので、僕の人生初のビスポークスーツは生地がダメになっても大事に何度も修理して、孫子の代まで引き継いでいき魂を継承していきたいと思います!
現在は娘であるクリスティーナ氏が後継ぎとなり、新生DALCUOREを引っ張っていっておりますので、またビスポークするときには当時の自分の超ストイックだった状況なんかも笑い話として話してみたいものです。
こんな世の中だからこそ、洋服を通して生まれる人との繋がりを大事にしたいなと強く感じますね。
作り手の気持ちと買い手の気持ちを繋ぐ重要な仕事をしているんだと、また初心に帰り頑張っていきます。
・・・終盤少し真面目な話が続きしんみりしましたが、たまにはこんなおセンチなfukuonseiもアリですよね?
R.I.P LEGEND
ring fukuonsei